国内の別の街へ避難していたインナさんは、6月初めにキエフ(キーウ)の自宅へ戻りましたが、
その後、7月末にドイツへ避難しました。
8月1日
いま私たちのいるドイツ北部のこの町には、夫の親類がいます。
今のところは彼らの部屋で暮らしています。
これから一体どうなっていくのか、どこに住むのか、まったくわかりません。
わかったのは、この町にはウクライナから避難してきた人がとても多いということです。
そのため、避難民たちの住居の問題が起きています。
言葉もわからない国で暮らしていくのは、とても大変なことです。
これは娘にとっても大きなストレスです。
8月25日
昨日はウクライナの独立記念日でした。
町では小さな集会があり、多くのウクライナからの避難民が来ていました。
一方、ウクライナでは戦争が続いています。
毎日ニュースを読んで泣きたくなります…。
どれだけ多くの人の命が絶たれ、傷を負ったことでしょう。
子どもたちは、楽しいはずの子ども時代も、教育の場も奪われました。
私たちは毎日、戦争の終結を祈っています。
8月26日
娘は今日初めて、ウクライナの避難民の子どもたちのためのドイツ語クラスに行きました。
大人用のドイツ語教室にはやっと登録することができました。
言葉がわからないと生活も仕事もできません。
9月11日
8月に提出した書類がまだ処理されず、
私たちは相変わらず何の支援もないまま、医療保険もなく、
まだ親類の家にいます。一部屋のアパートに7人で暮らしています。
手続きが遅々としてが進まないのは、あまりに避難民が多すぎるからでしょう。
もうヨーロッパの人たちはウクライナの避難民に疲れてしまったのではないでしょうか…。