前回の「ロシア編、ベラルーシ編」に続いて4月26日のニュースからウクライナ編、
その他をお届けします。
全文は基金のホームページ最新情報欄に掲載しています。
前回、前々回同様、タイトルと出典先、はじめの部分のみをここにピックアップ
しました(一部例外あり)。
2010年4月26日 ウクライナ
ヤヌコヴィチ大統領、チェルノブイリ原発を訪問 ForUm通信
今日、ウクライナのヴィクトル・ヤヌコヴィチ大統領は、チェルノブイリ原子力
発電所を訪れ、原発事故24周年の関連行事に参加した。大統領は、チェルノブイリ
事故処理作業に参加したリクビダートルの記念碑に花を捧げた後、発電所を訪れ、
「シェルター」施設建設計画のプロジェクト進捗状況を視察した。
ウクライナ大統領、チェルノブイリ原発での作業を
加速させると約束するも、資金は不足 NEWSru.ua
ウクライナのヴィクトル・ヤヌコヴィチ大統領は、チェルノブイリ原子力発電所の
施設建設作業を加速させると約束した。インターファクス・ウクライナ通信による
と、これは、今日、大統領がチェルノブイリ原発を訪問した際、記者団に明らか
にしたもの。ヤヌコヴィチ大統領は、チェルノブイリ原発内でのプロジェクトの
実現計画に多くの時間が失われたことを指摘し、「2009年のほぼ1年間の中断を
とってみても、それは許容しがたい中断期間だった」と述べた。
シェフリチ非常事態相、大統領と共にチェルノブイリ訪問
Ukrainska Pravda [インターネット新聞]
ウクライナ大統領府プレス局の発表によると、ヤヌコヴィチ大統領は、チェル
ノブイリ原発事故犠牲者の記念碑に花を捧げた後、「シェルター」施設の作業の
視察を行うほか、固体及び液体放射性廃棄物の再処理工場の建設現場を訪れる。
ウクライナ大統領、ウクライナは「平和目的の原子力の危険性について認識し」、
ウランを手放したと語る NEWSru.ua
ウクライナ大統領府プレス局が公表した、チェルノブイリ事故24周年によせての
国民向けメッセージの中で、ウクライナのヤヌコヴィチ大統領は、ウクライナ
政府当局として、チェルノブイリ原子力発電所事故被災者に対する社会支援の
最適化をはかることを保証している。
ウクライナ大統領、チェルノブイリ事故は独立ウクライナが核兵器を
放棄する端緒となったと述べる ロシア国営放送 Radio Rossii [ラジオ・ロシア]
史上最大の原子力災害となったチェルノブイリ原子力発電所事故は、1986年4月26日
に起きた。事故では、発電所の4号炉が爆発した。この結果、半径30キロ圏が深刻な
放射能汚染にさらされ、260万人が住むロシアの19州、総面積約6万平方キロメートル
の地域と、ベラルーシの4万6500平方キロメートルの地域(国土の23%)、さらに
ウクライナの12州、5万平方キロメートルの地域が汚染域となった。
チェルノブイリ原発は、2000年12月5日に運転を停止した。
ウクライナ、チェルノブイリ事故24周年を迎える
ITAR-TASS通信[ロシア国営イタル・タス通信]
ウクライナのヤヌコヴィチ大統領は、今日、チェルノブイリ原発を訪れ、事故英雄・
リクビダートル祈念碑に花を捧げた。
その後ヤヌコヴィチ大統領は、チェルノブイリ原発の職員らと会談し、「将来にお
いてこうした災害が繰り返されることのないようにするため、シェルター施設に関
する取り組みの実現が成功すること」の重要性を強調した。
さらにヤヌコヴィチ大統領は、欧州復興開発銀行ウクライナ代表部の議長と会談し、
「実現に約4億ユーロの資金不足が見積もられている、シェルター施設建設への
資金拠出の問題に関して」話し合う。
アザロフ首相、チェルノブイリ事故犠牲者を追悼
RIA Novosti通信[ロシア国営通信]/ UNIAN通信
ウクライナのニコライ・アザロフ首相は、チェルノブイリ原発事故24周年の今日、
キエフ市内にあるチェルノブイリ英雄記念碑に花を捧げた。
ロシア政府、ウクライナ政府に原子力分野での協力関係を提案
ロシア国営放送 Radio Mayak
今日ウクライナの首都キエフを公式訪問したロシアのウラジーミル・プーチン
首相は、ウクライナのヤヌコヴィチ大統領と会談し、核燃料の生産から原子力
発電所の建設、電力の輸出に至るまでの完全規模での協力関係を築くことを
提案した。
ウクライナ非常事態省の隊員、子どもたちに
チェルノブイリ事故について語る RIA Novosti [ロシア国営通信]
ウクライナ非常事態[緊急事態]省チェルノフツィ州総局の隊員たちが、チェルノ
ブイリ原発事故24周年に合わせて、一連の教育機関で催しを開いた。
低学年の生徒たちのために、火災・救助活動博物館での見学が行われ、そこで
チェルノブイリ事故の記録写真や資料、処理作業に参加したリクビダートルたち
が受け取った
勲章類が紹介された。また高学年の生徒たちのために、非常事態省の職員と
リクビダートル、それに教員が一緒に生徒たちにチェルノブイリ原発事故に
ついて話す対話と授業の場が設けられた。(中略)
こうした催しを開くことについて非常事態省総局の職員たちは、子どもたちに
1986年4月に起きた出来事のあらゆる重要性と悲惨さを伝え、チェルノブイリ
原発事故のリクビダートルたち全員に報いることを目的としており、知られる
ように、自身の過去を記憶しない者は、未来を持つこともないものだ、と指摘
している。
ウクライナ国民は、チェルノブイリを危険視しているか(世論調査) UNIAN通信
80%以上ののウクライナ国民が、現在のチェルノブイリを危険とみなしている。
これは、ゴルシェニン研究所[Gorshenin Institute]がこのほど実施した電話
による世論調査の結果から明らかになったもの。
24年前の今日、チェルノブイリ原発4号炉が爆発 Podrobnosti (TV Inter)
〔チェルノブイリのこだま〕
今日、多数の人々の命を奪い、何百万人もの人々の運命を変えた事故の犠牲者たち
が偲ばれている。24年前の今日、チェルノブイリ原発4号炉で爆発事故が起き、
ウクライナ、ロシア、ベラルーシ、その他欧州諸国の広大な地域が放射能に汚染
された。祈念の日の今日、ヤヌコヴィチ大統領は発電所を訪れ、「シェルター」
施設の現状を視察した。
4月26日、チェルノブイリ24周年関連の主な新聞記事から要約 (記事紹介)
NEWSru.ua 【注】
24年前の今日、ソ連の原子力開発の輝かしい勝利は、崩れ落ち、最悪の技術災害へ
と姿を変えた。1986年4月26日午前1時24分にチェルノブイリ原発4号炉は爆発した。
広島に落とされた原爆の500倍とも言われる放射能を含んだ雲は、キロメートル
単位の上空まで広がり、遠く米国や日本の空にまで達した。
◇「イズベスチヤ・ウクライナ版(Izvestiya v Ukraine)」の記者は、24周年の
日を前に、現在のチェルノブイリの人々が原子炉のもたらした暗がりの中で、
どのように暮らしているのかを取材し、「引きのチェルノブイリ」と題する
記事をまとめた。
◇一方、新聞「Gazeta po-kievski(キエフ流新聞)」が掲載した「チェルノブイ
リよ、我々はお前を生き抜いた」と題する記事では、「チェルノブイリ被災者」
の子どもたちに病気が多いとする医師たちがいる一方で、「国民の健康状態に
予想されていたようなひどい事態は起きなかった」と見る医師たちがいることを
伝えている。
◇「チェルノブイリ事故の被害予測は、大きく誇張されたものだった。」こうした
見方をとるのは、放射線測定小隊長として汚染地域を調査して回ったことがあり、
チェルノブイリについての一連の著作もあるセルゲイ・ミールヌィ氏だ。
ソ連崩壊後の時期、少なからぬ専門家が放射線やチェルノブイリにかかわる仕事を
した。彼らの一部が、放射線が深刻で、予見不可能で、不治の病を引き起こすよう
な影響をもたらすという神話を広め、さらに10代にわたって子孫に健康被害が生じ
るという神話を広めたのだという。
◇一方、「予測は、無数にあり、しかも相当に相反する内容のものがありました。
しかし、私はチェルノブイリ事故の影響は過小評価されていると確信しています」
と語るのは、「チェルノブイリの医師たち」の代表を務める、アンゲリーナ・
ニャーグ博士だ。「もし、国際原子力機関の専門家たちの話を聞けば、その結論は、
事故はヨーロッパの半分を汚染したが、本質的には取るに足らないレベルのものだ、
ということになるでしょう。しかし、事故の3-4年後には甲状腺ガンの発病率は
何十倍にも高まりました。ウクライナ、ロシア、ベラルーシの子どもたちには、
約5千例の発病が記録されました。」
◇新聞「Segodnya(今日)」の記者たちは、事故24周年を前にチェルノブイリ原発を
取材し、「チェルノブイリからのルポルタージュ:どうやって石棺を救うか?」と
題する記事を掲載した。それによると、現在、石棺には黄色い足場が組まれ、見た
目には、ごく普通の修繕中の工場の建物のようだという。
記事は、さらに次のように伝えている。
【事務局注】最後のこの項は「主な新聞記事から要約」となっていますが、さらに
このブログでは上記すべての記事同様「要約」しています。
記者や専門家らによる興味深い記事や談話が掲載されています。
ぜひ、基金のHPから詳細をご覧ください。
その他
リトアニア
デモ行進「チェルノブイリの道」、リトアニアの首都ビリニュスでも行われる
Euroradio
チェルノブイリの問題や原発問題に関心を寄せるリトアニア市民が、今日、首都
ビリニュスの目抜き通りに集まり、抗議活動を行った。これは、リトアニア環境
団体連合のリナス・ヴァイニュス執行書記がEuroradioに対して明らかにしたもの。
デモの参加者たちは、この地域で一度に3か所の原発建設計画が持ち上がっている
ことに抗議の意思を表した。
ドイツ
ドルトムントで「チェルノブイリ年」始まる
DW (ドイツ国営国際放送「ドイチェ・ヴェレ」)ロシア語放送
「ゾーン、犠牲、連帯」。ドルトムントの国際教育センター(IBB)とMercator
財団が、チェルノブイリ原発事故25周年に向けた、一連の全ヨーロッパでの企画を
開始した。1986年4月26日は、現代文明史に悲劇の時、転換点として刻み込まれた。
チェルノブイリ原発での爆発は、ヨーロッパ全体にとっての破局的出来事であり、
世界に対して科学技術の進歩を求める争いにおいて、どこまでが許され、どこまで
が可能なのか、その境目を真剣に考えるきっかけを与えた。
「チェルノブイリ年」
「チェルノブイリ年」は、2010年4月23-24日にドルトムントで開かれた、ドイツ
国内及び欧州各国の様々な「チェルノブイリ支援実施団体」の代表者たちによる
組織会合により幕があけた。
12万人のドイツ国民、原発に反対する抗議活動に参加 Podrobnosti (TV Inter,Ukraine) 【注】
24日、ドイツ全国の何千人もの市民が、政府の原子力発電所の建設計画に反対の
意思を示すため、抗議活動に参加した。地元警察の発表によると、デモ参加者
たちは「人間の鎖」を作った。AP通信の報道によると、抗議活動には約12万人が
参加した。今回の抗議活動の組織者たちは、今回の行動について、原子力発電所
の建設に対する社会の抗議の意思に、政府が注意を払うよう求めるものだと指摘
している。(この項のみ4月25日の記事)
【事務局注】この「人間の鎖」については当ブログでも取り上げました。
映像もご覧になれます。
(まとめ・翻訳 平野)
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【事務局注】4月26日ベラルーシ編のところでとりあげた映画“The Door"
(原作『チェルノブイリの祈り』)は、
アカデミー賞(ノミネートされた)こそ逃しましたが、評判はよいようです。
現在、公式ホームページでフィルムを見ることができます。(約17分)
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